水平記 高山文彦

水平記 松本治一郎と部落解放運動の一〇〇年

水平記 松本治一郎と部落解放運動の一〇〇年

知る人ぞ知る人物の壮烈な、ある意味さわやかな人生を描く。全国水平社の創立者たちが、その後、共産党入党・転向・右傾化と振幅する中、一貫して、戦前は社会大衆党的・戦後は社会党的スタンスを貫いたのは実にたいしたものだし、世界にも目を向け、被圧迫民族にも視線を注いでいる。最後のほう(p693)に出てくる松本の言葉「世の中が平和になると差別が起こる」は、悲しいながらある種の真理で、だからこそ、市川房枝などは戦争協力で婦人参政権を獲得しようとした(結果、公職追放される)わけだが、松本の場合、そうした態度をとらなかった(彼の追放は根拠がなく、吉田の陰謀であったことは本書だけでなく、増田弘『公職追放』でも論証されている)のは、福岡連隊事件(寡聞にして全く知らなかった)にもみられる彼独特の反軍的性向に加え、この世界に向けられたスタンスに拠るものだったのかもしれない、と思う。松本組には中国人や朝鮮人が積極的に雇われていたというのだから。「錦旗事件」や「徳川辞爵勧告」など、初期の水平運動が必ずしも反天皇制でなかったことを紹介しているくだりは、大変、斬新であった。「いわれなく尊敬されるものがあるから、いわれなく差別されるものがある」という原理からは正反対に見えるが、その理由として天皇も被差別民も徳川将軍家から非人間化された、という点では同じ、という分析だが、わかりやすく言えば、両極端に見えてぐるっとまわったら同じ所にいた、というところだろうか。