闘う皇族 浅見雅男

闘う皇族 ある宮家の三代 (角川選書)

闘う皇族 ある宮家の三代 (角川選書)

昭和天皇の皇后である香淳皇后の実家・久爾宮家について、「宮中某重大事件」を中心にその特異な言動を紹介し、皇族の矩を超えて行動する人物が登場したときの危険を説く。読む前は、タイトルの語感から皇族称揚かと思ったが、違った。久爾宮家二代目の邦彦(くによし、と読むらしい)王は、杉浦重剛が政治と距離を置くように努めたのと反対に、貞明皇后に直接手紙を出したりその写しを山県に送ったり、怪しげな人物たちにも働き掛けを厭わず、皇族として特異な行動をとる。結果として宮家は強請りにあうような破目にも陥る。山県が婚約に反対した背景としての皇族会議は、第九章で明らかにされるが、確かに原敬にしても立憲主義の立場から、自儘に振舞う皇族の存在は、藩閥の山県以上に危険な存在で、邦彦王が天皇の舅になる事態は避けたかったのだろう。朝融王事件は、伊藤之雄の本で知ってはいたがまったく言語道断で、しかも戦後寡婦となった菊子にプロポーズしたというにいたっては、あきれ果てる。貞明皇后が、皇族の臣籍降下のニュースに、「これでよかったのです」と答えたというのは、重い。ところで、韓国では邦彦王は韓国人「義士」により暗殺されたことになっていて(実際は未遂。それも刺すところまでもいっていない)、石碑まで建てられ、史実として定着していると。まさに歴史の捏造だ。たいへん力作だが、一部難を指摘すると、良子女王を皇太子に、という意向を宮内大臣から受けた際に邦彦王が師団長を務めていた豊橋の師団が、23ページでは「第十五」269ページでは「第十六」と違っている。また同じ269ページで、日露戦争大本営を東京から広島に移した、というのは、日清戦争との誤解であろう。