タイトルにつられて読んだが、読みにくくさほどおもしろくもなかった。
イエズス会は
ポルトガルの海外侵略と一体となって布教を行ったが国王からの財政支援は必ずしも十分ではなく、日本の生糸貿易、マルクの丁字貿易などに財源を求めざるを得なかったこと、
キリスト教領主を通じての領民の
カトリック化を進めたが領主の力が必ずしも強くなかったため、信徒の保護のためにも長崎が必要となり、その防衛に乗り出したこと、同じ
セミナリオでも信徒の多い長崎は宣教師らが日本語を学び信徒の師弟が
ラテン語を学ぶ場で、文化の中心地に位置する京都は文化的荘厳さを打ち出す意味合いなど、目的が微妙に異なることなど。