小銭をかぞえる 西村賢太

小銭をかぞえる

小銭をかぞえる

「焼却炉行き赤ん坊」と表題作の2編。どちらも、大正時代の作家・藤澤清造の全集を出そうとしている男と、同棲している女との日常生活が舞台という、いつもの状況であるが、芸風とも言える「ぼく」のDVは、この本では肉体的には多少は抑えられている。その分、精神的には相当きついものがあり、露悪的なタッチのなかに、悔恨めいた表現が浮かぶ。喧嘩(これも「ぼく」に当然、非がある)の後、あてにしていた二千円札が見当たらず(「ぼく」に使われた)、ばら銭でピザの代金を支払う場面(タイトルになった)の切なさは、なんとも見事だ。このシーンが実際に著者の生活であったことなのか、創造されたものかはわからないが、仮に基となる体験があったとしても、このように切り取り、クライマックスへ仕上げていく手腕はすばらしい。「あとがき」で「比較的短時日のうちに書きとばした」と記されているが、そうだとすれば、著者の真実と芸風が確立されてきている、ということなのだろうか。