抱影 北方謙三

抱影 (100周年書き下ろし)

抱影 (100周年書き下ろし)

これはたまらない。曙町・松影町・弁天町・万国橋とよく知っている地名がぞろぞろと。ハーモニカハウス、は都橋商店街だろう。そのはずで主人公は、自転車で経営する酒場を巡回するのだ。ごく自然に語られる酒への蘊蓄と、抽象画家としての確かな実績と危うい自覚。純文学ではないかと思わせる展開だ。それが、もうひとつの世界と言うか物語が並行して展開する。可愛がっていた男が、市民運動との関わりでヤクザともめる。このヤクザの親分がまた主人公の絵の理解者というニクい設定。殺された男の敵を討とうとする動き、主人公の何十年もの想い人に迫る死と彼女に入れ墨を彫るという描写。一方で確かな自覚がないまま、「断食道場」と称して身を削って制作した抽象画は高い評価を受けていく。北方謙三の物語世界に脱帽だ。傑作だ。