古代国家の歩み 吉田孝

大化の改新から延喜あたりまでを描く。日本という国号自体が中国を強く意識していたこととそれでいて海の関係で完全な朝貢までは至らなかった、という国際環境。また班田収授の法の元となった中国の均田法が私有上限の面積が広く、事実上、懇田永年私財法を含む内容だったことは、初めて知った。さらに古代豪族の没落が、氏上が一族から適宜選ばれていたのが嫡系相続になったことに拠るという見解も興味深い。