第一部は多少晦渋ながら、なるほどと唸る分析や表現が多かったが、第二部は、「Coda」(これは興奮すると言っていい視点を示してくれた)を除いてよくわからず、補論「
ファシズムの生成」はさっぱりであった。▽普遍主義の倒錯。
第一次大戦前、最も普遍主義的であった第2インターに集った
社会主義者たちが一律に国に従ったこと。「無名戦士の墓」が鼓舞する国民的想像力。「誰でもありうる」という普遍性にも関わらず国民的帰属を疑わない。自分で選択できるものかできないものか。選択できないものにこそ、帰属していく。恋人を「選択」するとすれば、その愛は、どこか胡散臭い。そして「黙読」という読書革命が「超越的視点」を読者にもたらし、その範囲がネーションの形成になった、と理解してよいのか。▽「ろう」は、手話という別の
母語を持つ一つのネーションであると。ミス
アメリカは、手話を拒否したために、ろう者から攻撃される。ネーションを否定するものととらえられたのだろう。
口話(メインストリーム)=文化
多元主義、手話(
バイリンガリズム)=
多文化主義となると、
多文化主義に立脚する普遍主義は、それぞれの言語を保持したうえで、と特殊主義の外観をとる。そして問題となるのは、「人工内耳」だ。生まれついての「ろう」は克服すべき否定的な障害ではなく、
アイデンティティの中核的で肯定的な構成要素だからだ。こうなると、同化とか
帰化とか、まさにネーションとしての問題がわかりやすく見えてくる。