蒙古襲来 新井孝重

蒙古襲来 (戦争の日本史7)

蒙古襲来 (戦争の日本史7)

外征に対応して本所一円地の非御家人の動員は恩賞給付の責任をしょい込むことになり、悪党の動員は、家単位の武力動員とは別の戦闘様式の萌芽とも言える(旗・弓矢・楯だけの催促がその反映でもある)動きがあった。戦闘による惣領の死亡は庶子の自立と相続の不安定さを増し、訴訟が頻発、九州を離れて鎌倉に向かう動きを防ぐために、鎮西探題が成立する。武具に神的な霊力を認めていたにも関わらずモンゴル軍に歯が立たなかったことが、逆に宗教的な神の力を高め、今度は神の力に守られた軍事力は無敵だ、という形に肥大化していく。その当然の結果として寺社には所領が寄進され、悪党への弾圧も強まる。徳政への朝廷の目覚めは、朝廷に為政者としての自覚を持たせる。